「あずぶろ。」

現役中学校教師の頭の中。時々、私が好きなもの。

「ありがとうでこの危機を乗り越えよう 」

「ありがとうでこの危機を乗り越えよう 」
 
 3度目の緊急事態宣言が発出された。

 テレビのインタビューで百貨店に夫と来ている人が、

「行政も頑張ってると思うので、私たちも我慢しないといけない。

 自粛疲れはあるけど、当分は外出も控える」とコメントしていた。

 

 いやいや。そもそも控えてませんやん。今、あなた。

 

 禁止されているわけではないから行くのは勝手だけど、さも「自分は控えてます。」

みたいなコメントしている人がよく分からない。

 また、緊急事態宣言を早く出すべきと世論を動かし、発出されたらされたで宣言の内

容を批判するニュース番組の在り方と、ふんわりとしたコメントしかしないタレント・芸人コメンテーターが苦手で、テレビでニュースを観るのを止めました。

 

 いつもそれらを観るたびに思います。

「ほな、あんたがやってみたら❓

 一刻を争うこの事態に対応できる対案出してごらんよ。

 投げているピッチャーは、ホンマにしんどいからね。外野は好き放題言えます。

 

とういうより、最近テレビを観ていませんね。


 かつては、家族同士で譲ったり、我慢したり、兄弟で争ったり。

 懐かしく、そして、美しい「家族の風景」。

(私が好きな「ハナレグミ」のこのタイトル曲も聞いてみてね)

 

 時代は流れ、全てが「個」の時代。子どもには個室が与えられ、スマホタブレット

がひとり一台。

 登録数を増やすために、また、子どもたちに受けるために作られたテレビ以外のコン

テンツが世界中に蔓延している。

 

 もう家族でチャンネルを争う事はないだろう。

 我慢したり、待ち侘びたりしなくても指先で見たい時に見たいものが見れる。

 しかし、どんなに生活が変化したとしても、家族の大切さだけは見失っていけない。

 

 ところで、あなたは最近、「 ありがとう 」をいっているだろうか。
 
 
 そういえば、ここのところ、ごぶさた……という人は、

 知らず知らずのうちに、心のゆとりがなくなっているのではないか。
 
 
 いくらがんばっても、何か空回りしている時がある。
 
 
 必死でやっているつもりのときには、その分、
 
 人に対して鈍感になっているのかもしれない。
 
 
 そんなときには、周りの人の心づかいにも気がつかず、
 
 
 また、なかなか「 ありがとう 」のひとことがいえないものだ。
 
 
 それだけ、心の中は「あせっている」ということだ。
 
 
 「 ありがとう 」は、心のゆとりのバロメーターだ。
 
 
 心にゆとりがあり、周りの人の「 ありがたいこと 」を

 感知できれば、「 ありがとう 」が口から出てくるだろう。
 
 
 街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①惑わすね〜

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②「ただのカモ」て。マガモに謝って下さい。

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また、明日。