あずぶろ。

現役中学校教師の頭の中。時々、私が好きなもの。

「信用したらあかん言葉」

「信用したらあかん言葉」


「ハサミを使わずにこちら側のどこからでも切れます」

 

勉強できる人の「全然勉強してない」

 

数年ぶりに現れた知人の「儲かる」

 

女の子の「かわいい」

 

「ウチ、天然やねん」

 

「顔より中身やんなー」

 

「イケメンは苦手」

 

「なんか酔っちゃった」

 

「怒らんから言うて」

 

完全無料

 

「行けたら行く」

 

「ごめん。寝てた。」

 

映画のキャッチコピー「全米NO1」

 

「そろそろ本気出す」

 

数学書「〜の基礎」

 

「こちらのバーコード読み取るだけですぐ登録できますよ」

 

「とてもお似合いですよ」

 

「スタイルいいですね」

 

「これが最後の1着で、在庫ないので今しか買えないっすよ」

 

「ええお水ありますよ」

 


街にあふれる「何でやねん」シリーズ
①どこよ!(友人から寄せられた一枚)

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また明日。

「自分と友達になる」

『自分と友達になる』

 

 

笑顔

 

他人と比べない(比べるなら自分の過去と)

 

自分と友達になる

 

人から好かれようとしない

 

過去を忘れる、そして作り直す

 

ポジティブ・シンキングする必要はなく、

 

ポジティブ・リアクションで十分です。

 

批判には無神経になってもいいです。

 

人間関係に病んだら、人より自分を優先してもいいんです。

 

自分を、自分のいちばんのお客さんにするんです。

 

 

 


自分に厳しい人は強い

 

自分に負けない人は強い

 

自分がブレない人は強い

 

自分を知っている人は強い

 

人を許せる人は強い

 

人を思いやれる人は強い

 

弱い自分を見つけた人は強い

 

人の弱さに気づけたら強い

 

強くなりたいと思ったら もう強い

 

街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①いっぱい突っ込むとこある

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また明日。

「学校は時代遅れ」100回記念!

「学校は時代遅れ」

 

 学校は、生徒一人一人が自分の力を”自分に合った形で”伸ばす場所だと思っている。現代の日本の学校は全くそうなっていない。

 

 テクノロジーが未発達で「生徒一人一人が自分の力を”自分に合った形で”伸ばす」ことが難しかった時代(昭和〜平成中期)だったら仕方ないと思う。

 

 しかし、今はテクノロジーがかなり発達していて、やろうと思えば「生徒一人一人が

自分の力を”自分に合った形で”伸ばす」環境を作ることはできる

 教師の数が少なくても。

 

 でも、現代の日本の学校はそれをやろうとはしていない。

 

 そういう意味で、私は「学校は時代遅れ」って思う。

 

 

「いつまでも続く一方通行型授業」

 

 学校が時代遅れだと思う最大の理由が、授業のやり方。

 

 「1人の教師が黒板に板書をして、30〜40人の生徒がノートにそれを書き写して終了」というような、一方通行型授業がいまだに行われている。

 

 コロナがあって、社会全体がオンライン化になったこんな時代でも、学校はタブレットやPCなどの設備が整っていないくて、一方通行型の授業をせざるを得ない…という学校が多い。

 

 しかし、知り合いの学校には、100台以上iPadが配備されていて、やろうと思えば「生徒一人一人が自分の力を”自分に合った形で”伸ばす」環境を作ることができる学校でも、教師は旧来の一方通行型授業を選びがち。

 

 黒板を背に、教師がずっと喋って、板書をして、たまに生徒に”話し合い活動”をさせて、でもやっぱり教師がほとんどの時間喋って、チャイムが鳴る…そんな授業ばかり。

 

 恵まれた環境なのに!

 

(というか別にiPadがなくても、工夫次第で「生徒一人一人が自分の力を”自分に合った形で”伸ばす」環境に近づけることはできると思う)

 

 つまり、教師自身が「クラスの生徒全員が同じペースで学習する」というのを頑なに守る。

 そもそも「生徒一人一人が自分の力を”自分に合った形で”伸ばす」環境を構築しよう!という発想をもっていない教師は結構いる。

 

 そういう意味で、学校は時代遅れ。

 

 このような画一的な一方通行型授業をしてしまうと、

 

 半分以上の生徒が犠牲になるという結果になってしまう。

 

 まあよく言われるやつで、一斉授業では中間層の生徒に合わせた難易度の授業をするから、中間層の生徒にとっては最高の授業になるかもしれないけど、

 むちゃくちゃ勉強ができる生徒は「おもんな」って思うし、勉強が苦手な生徒は「わからんし」って思うってことになってしまう、っていうこと。

 

  実際、私自身も他の教科の画一的な一方通行型授業を見ることがあるが、

  • 勉強が得意な生徒は退屈そう
  • 勉強が苦手な生徒も退屈そう

っていう地獄のような状況を目の当たりにして、「これはアカンわ」って思ったことが何回もある。

 

 地獄の状況で思い出したが、本題とは少しズレるが、普段同僚や生徒らとも、自分からコミュニケーションを取ろうとしない社会科の教師が、授業で「鎖国」を授業をしていた。生徒たちはほとんど聞いていない。その理由はただひとつ。

「先生、アンタが一番「鎖国」しているからですから。残念。(古い)」

 

  本題に戻そう。

 このような時代遅れの教育が行われて、半分以上の生徒が犠牲になってきた結果、どうなったか。

 

 日本の産業は遅れを取り、SNSは悲惨な状況になった。私はそう解釈している。

 

 むちゃくちゃ勉強ができる生徒が高度な教育を受けることができなかった(中間層の生徒に合わせなきゃいけなかった)結果、日本の産業を牽引するいわゆる”高度人材”が育たなかったし、勉強が苦手な生徒が丁寧にフォローしてもらえなかった結果、(言い方は悪いけど)アホになって、SNS等で他の人の発言を”誤読”しクソリプをつけたり無駄に叩いたりするようになった。

 

 今の日本の閉塞感は、日本の教育が時代遅れだったことと無関係ではないように思いう。

  

 いつまでも画一的な一方通行型授業を続けていわゆる”高度人材”が育たたないままにしてしまったら、日本の産業は発展せず、政府の税金収入も増えず、学校教育の予算も増えず、学校にお金が回らない…っていう悪循環に陥る。

 稼げる人が増えれば増えるほど政府も税金収入を増やすことができて、結果的に学校教育の予算が増え、iPadを配備したり…っていうことができるはず。

 

 やや強引な主張の仕方ですが、強ち間違ってはいないと思う。

 

 このまま時代遅れの教育を続けていたら、本当に日本は「ヤバイ」と思う。

 

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「行動力のある人」に共通する習慣

「行動力のある人」に共通する習慣
 
 「やるべきこと」を「すぐにやれない」原因は、「性格」でも「やる気」ではなく、

脳が「すぐやる」モードになっていないためです。これを精神論で乗り切ろうとする

と、死ぬまで辛い状態が続きます。
 
 
 脳を「すぐやる」モードに切り替えれば、確実に実行に移す労力が驚くほど小さくなります。
 一番簡単なのは、上手くいっている人の真似をすることです。
 

【行動力のある人に共通する習慣】
 
●「余分な事」を捨てている
●「やるべきこと」に集中する
●「不要なプロセス」にこだわらない
●「難しきことを易しく」する
●「断る力」を持つ
●「雑音」に合わせない
●「自分がほしい」ものを提供する
●「逆張り」で成果を上げる
●「枠からはみ出す」ことを恐れない
●「周囲」を巻き込む
●「全体」を俯瞰する
●「志」を高く持つ
●「現状」を維持しない
●「複数のプラン」を持っている
●「賢くリスク」を取る
●「好奇心」を使っている

 

私のお気に入りアイテムご紹介

AKAI MPK MINI3

レコードから好きな音をサンプリングして、オリジナル曲を作る。

引きこもり生活だからゆっくりじっくり楽曲制作できる。

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街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①読んで、理解するまでに事故してまうわ。

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また明後日。次回は100回記念投稿!

『おい!学校!いつまで「前例踏襲」ばっかりしてんねん。』

『おい!学校!いつまで「前例踏襲」ばっかりしてんねん。』

 

 新年度が始まり、それぞれの1ヶ月が経った。

 周囲を見渡せば、相変わらず「忙しさ」を言い訳にして、また「例年通り」などとい

う思考停止状態の言葉が乱発されている。

 

「この提案は、例年通り…」

 

 出たよ。

 ひどい場合には、担当者が内容の検討すらせず、昨年度から日付だけを変えて提案

する事もある。

 議長から「質問はありませんか」と聞かれるので、私は提案者にこう質問します。

 

「ご提案が去年と全く同じですが、なぜですか。」

 

 提案者からは、言い訳は聞いたことはあるが、残念ながら明確な返答を今まで一度もない。

 

 その担当者にとっては、期限内に提案することが「目的」になっている。

「手段」が「目的」になってしまっている。

 何も考えていない。

「手段の目的化」だけは、絶対に避けなければならないし、そのような提案は断固阻止

しなくてはならない。

 

 他者の仕事への批判ばかりしていても子供たちのためにはならないので、次回の会議

で、以下の研修を教職員に対してやらせてもらえるように提案しようと思う。

 

 読者の皆さんの組織やチームは、

PDCAサイクル」ですか。それとも、「OODAループ」ですか。

 

 私が次回、勤務校で提案するのは後者です。アメリカ空軍パイロットのジョン・ボイ

ドが提唱した考え方。元々は瞬時の判断が必要となる軍事行動における意思決定を対象

としているため、機動性を重視している。

 

「OODAループ」

 

1.環境変化に対して柔軟な対応ができる
 現場のトップが、上位者の決定を待つのではなく、たえず行動を微修正しながら活動できるようになるので、突然の環境変化にも柔軟に対応できる。

 

2.施策のスピードアップが図れる
 現場のトップに意思決定が委ねられているので、行動のスピードが早く、すぐ成果につながる。

 

3.生産性が向上する
 小集団単位でとにかく実行によって成果をあげることができるので、 組織全体で「指示待ち」の時間が大幅に削減される。

 

「4つのプロセス」
 

1.Observe(観察)
 自分の身の回り、組織の外部・内部で現在起きていることを、「先入観なしに、ありのままに」受け止める。
 観察が弱ければ対処を誤り、致命的な失敗の原因となる。

 

2.Orient(方向付け)
「方向付け」を"瞬時に"行います。直感の「ひらめき」を優先しますが、「ひらめき」に深さがなければ、ただの思いつきでしかない。
 経験、教育、情報に裏付けられた現実的な解決策が「ひらめき」である。

 

3.Decide(決断)
 判断のための時間が十分に確保できること、情報が十分に集まることは稀である。
「方向付け」に問題がないか、実現可能性やリスクと成果のバランスといった観点から判断し、ためらわずに決断する。

 

4.Act(行動)

「決断」のプロセスで決めたことは、即行動に移す。行動が遅れれば遅れるほど、「観察」のプロセスの情報が古くなり、「方向付け」の進路に誤りが生じてしまう。

 

「行動」によって再び「状況変化」が起こったら、「観察」に戻って一連のOODAループを回す。

 

 今の現場に文句があるなら、自分から対案を持って動き出そう。

 絶対に状況は変化する。

 自分は何もせずに「他人のせい」、「対案なき批判」は、ただの「逃げ」。

 何年か待って実現した転勤先でもおそらく同じ。

 

 わが子にも、生徒たちにも常に語っている。

 

 オモロいのは「周囲の皆さんのおかげ」

 オモロないのは「自分の能力不足」「勉強不足」

 人のせい、環境のせいにしてはいけない、と。

 今を一生懸命に生きろ。思考を止めるな、と。

 

 

街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①全部ダメ。ふざけてるとしか思えん。

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また明日。

「若い先生への言葉」

「若い先生への言葉」

 

この春に赴任した若い先生から相談を受けたので、

私はこう答えた。

 

「一年目は失敗し、

 

 二年目は苦しみ、

 

 三年目は切り替えて、

 

 四年目に気づき始め、

 

 五年目に答えにたどり着く。」と。

 

 

街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①顔面入れたらヘッドロックされる。なぜこの場所にした。

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また明日。

「一人前の特徴」

「一人前の特徴」

 

自分の考えを持って

与えられた役割を全うし

もし失敗したら

言い訳せずに責任を取る

自分の機嫌を取れて

嫌なことはNOと言えて

自分でできないことは

周りの力を借りる

人の心の痛みがわかり

時には許し

さりげなく気遣い

信頼されるのが一人前

 

 

街にあふれる「何でやねん」シリーズ

①これはアカン。

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また、明日。