「先生、しっかりしてよ。」
今日は久しぶりに、あることで大人にイラッとしたから話し口調で。
そもそも、教師は忙しいとか、時間ないとか、働きすぎとか、
ぶっちゃけ、メディアは報道しすぎ。
そんなことないで。多分、時間の使い方が上手くないだけ。
そもそも、「教育」に納期や期限はないから、慌てなくても、頑張らなくても大丈夫。
でも、余裕も笑顔もない先生、時間はみんな平等に与えられているはずなんやけどな。
あと、「ダメなところばかりを気にする先生」
間違ってへんか?
「教える」や「指導する」は、「ダメなところを直す」だけなんか?
そのダメなところが直ったら先生は満足か?
全部がみんなと同じならええの?
「みんな違って、みんないい」って偉そうに言うてる先生が、
「みんなが同じだから、みんないい。」
こんな思考になってないか。
みんなと違うところ、つまり、
「尖っているもの」を潰そうとしてないか。
「尖っている」からこそ、伸ばしやすいんちゃいます?
「指導者」っていう漢字は、
「ゴールを指して導く者」という意味。
苦手を直すだけとちごて、苦手を探って、
それに、どう対応するんか、どうやって苦手と向き合っていくかを、
子どもと一緒に考えようよ。
会議が多い、クレームが多いから子供と向き合えない…
これは、単なる言い訳。
時間がなくても、真摯に向き合えて、子どもたちや保護者からの信頼を、
勝ち取っている教師もたくさん知ってる。
てか、自分で何とかすればええやん。
自分はそんな挑戦もしないで、気の合う教師同士で愚痴ばかり。
学校改革、組織改革したらええやん。
つまり、どうやったら会議を減らせるか。どうすればクレームが減るか。
ついでに、「クレーム」という響きも好きじゃない。
「クレーム」ではなく、ありがたい「ご指摘」だ。
気付いていない改善の要素がたくさん詰まったプレゼントや。
理不尽なもの以外は、謙虚に受け止め、反省すべき。
結局、自分の実力のなさに蓋をして、学校のせい、上司のせい、同僚のせい。
ちなみに、昔も今も変わらない、私が一番嫌いな教師。
自分の言うこと聞く生徒には偉そうに接し、反抗する生徒は見てみぬふり。
基本的に、学校の常識とされているものは、
社会の非常識だということにも1秒でも早く気付くべき。
まあ、仕方ないね。学校を卒業して、また学校で働いているんだから、
一般社会のことなんて知る由もない。
教師になった初任者の研修は、学校しか知らない元教師から受講するのではなく、
組織として、チームとして機能している優良な企業で、
また優秀なリーダーがいる会社で、社会人としての最低限のマナーを学ぶべきと、
現場から日々訴えております。
しっかりしてよ、学校の先生!
教師は、その子の良いところをたくさん見つけて、保護者にたくさん伝えてください。
保護者もそこが聞きたいと思ってんねんから。
また明日。